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カンボジア、プノンペンの変化

2019.05.11

植民地時代の東南アジアは、タイより東はイギリス領、東はフランス領、タイは緩衝地帯として植民地ではありませんでした。カンボジアはフランス領であったわけです。

昨年までは、歩道は広いのですが車の駐車場と化しており、ごみも散乱していたため実際には歩行できませんでした。この一年で、歩道の車はほとんどなく、ごみも以前より格段に少なくなっていました。整備不良による地面の凸凹は健在なので、気をつけて歩かなければならないのは変わりありません。日本製の信号もところどころ出現し、監視カメラのおかげで信号無視も以前ほどではありません。警官の給料が上がり、交通違反に切符を切るようになって、以前のような現金のやり取りに起因する賄賂も減ったとのことです。かつては貧民街もあったとのことですが、どこかに強制移住させられました。スラムは人目のつくところにはありません。

あちらこちらにビルが建設中ですが、ほぼすべてが中国企業が関係しています。我々の支援サイトへ行く道も、中国の支援で道が舗装されて滑らかになっています。その道に沿って人家が立ち並び、サイト近くにも近代的なレストランができていました。

 カンボジアの通貨はリエルですが、ポルポトが国を壊したため、それ以降は米ドルも普通に通用します。首相は、これから中国元の通用もできるようにしたらしいですが、中国とどのような約束があったのでしょうか。ちなみに、カンボジア人は中国を信用していないため、実際には元は出回っていません。

カンボジア、そんなに中国寄りになって大丈夫?とも思えました。現政権は、民主化から遠ざかり過去の悪夢寄りになってきているといわれているようですが、これも大丈夫なの?、と思います。まあ、経済が発展している(?)あいだは特に文句がない人が多いようです。

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