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2026.06.29
医療を統制経済として見る視点は、そのまま介護と薬局にも及ぶ。どちらも価格を国家が定める公定価格の世界であり、医療と同じ構造の力学が働く。ただし、それぞれに固有の重しがあり、その重しが、業界の姿を決めていく。前稿の続編として、介護と薬局を見ていきたい。
■ 介護――緩衝材を持たない統制経済
医療では、報酬を抑えられても、医師が労働強度を上げることで供給が保たれてきた。医師の労働時間が、統制のしわ寄せを吸収する緩衝材になっていたのである。介護には、この緩衝材がない。介護労働は身体的にきつく、一人あたりの負荷を際限なく上げることはできない。しかも、医師が薄給の若い時代をキャリアへの投資として耐えるような、上昇の階段もない。だから報酬が低ければ、耐えるのではなく、辞めて他業界へ移る。介護の人手不足の本質は、ここにある。統制のマイナスが、労働で吸収されず、ただちに担い手の流出として噴き出す。
国の関与の歴史も、医療より露骨である。介護保険の開始時、国は手厚い補助で事業者を誘い込み、建物という重い固定資産を抱えさせた。いったん固定資産を抱えた事業者は、容易に撤退できない。各論で論じた固定費の非可逆性が、ここでは事業者を統制者に縛りつける人質の鎖になる。そして、逃げられないと見たうえで、報酬は二十年かけて絞られていった。創業した個人投資家が、苦しみの末に、子孫に継がせず自らたたむ。供給は、新規参入の細りと、世代交代の途絶の、両方から内側に痩せていく。
■ 介護――声なき危機と、行き着く先
介護の最も恐ろしい点は、この崩壊に、誰も声を上げる主体がいないことである。事業者は固定資産に縛られた人質ゆえ、国に楯突けない。介護労働者には、医師会のような政治団体がない。そして当事者である要介護高齢者とその家族は、最も声を持たない人たちである。声を上げる三者が、それぞれ別の理由で沈黙する。声が上がらない危機は、限界を超えるまで放置され、ある日突然、破局として現れる。
事業構造から見ても、介護報酬だけの一本足では、拡大はできない。公定価格ゆえに企業努力で利益を増やせず、対面労働ゆえに機械で効率化もできない。再投資の原資が生まれないからである。拡大できるのは、土地と建物を扱える不動産・建設事業者か、本業の利益で赤字を吸収できる巨大企業――すなわち、介護の外に第二の財布を持つ者だけになる。だが、彼らは介護の外の論理(不動産市況、企業戦略)で動くため、介護の供給が介護の外で決まる、という不安定さを抱える。本業の都合に左右されない安定した供給を担えるのは、結局、利益を目的としない公的部門しかない。介護は、保育や教育のように、公立化へ向かうのかもしれない。市場化の実験が一巡して、公的責任へ回帰する。
■ 薬局――薄利と在庫と、医院への依存
薬局も、公定価格に統制され、薄利を量でカバーするしかなく、規模に集約されていく点は、介護と同じである。だが、薬局には固有の重しが二つある。
一つは在庫である。薬局は、いつ出るか分からない薬まで在庫として持たねばならず、その薬には使用期限がある。出なければ廃棄になる。薬価差益が消えて稼げないのに、売れるか分からない在庫のリスクだけは、自分で抱える。近年は高額な新薬が増え、一つ数十万円の薬を在庫すれば、それだけで資金繰りを圧迫する。
もう一つは、門前薬局の構造的な弱さである。門前薬局は、特定の医療機関の前に立地し、その処方箋に依存して成り立つ。自前の集客力を持たず、前の医院にぶら下がっている。ゆえに、国の報酬改定と、依存する医院の存続という、自分で制御できない二つの要因に、生死を握られている。医院が引退や移転で消えれば、門前薬局の前提は丸ごと崩れる。各論で論じた、医院は患者の通院習慣に支えられて頑健だという話の、ちょうど裏返しである。門前薬局には、習慣で支えてくれる自前の患者がいない。
■ 薬局――規模か、機能か
ゆえに、個人の門前薬局は、在庫リスクと医院依存リスクを規模で分散できる大手調剤チェーンへと、集約されていく。介護と同じく、規模を持つ者が生き残る。
ただし、薬局には、介護にない方向がもう一つある。国は、医院にぶら下がる門前薬局を冷遇し、患者一人ひとりの複数の医療機関の薬をすべて把握する「かかりつけ薬剤師」の機能を持つ薬局を、報酬で優遇する方向に舵を切っている。これは、各論で論じた、国が点数で行動を誘導する構造そのものである。だから薬局の生き残りの軸は、単なる規模だけではなく、かかりつけ機能を持てるかという、機能の軸も加わる。そして、かかりつけ機能は、本来、地域に根ざした薬局のほうが向いている面もある。門前にぶら下がるだけの薬局は淘汰されるが、その先は、大資本一択ではない。
■ 三つを貫くもの
医療・介護・薬局は、いずれも公定価格に統制された世界であり、三つとも、薄利化し、規模に集約され、外に財布を持つ者が生き残るという、同じ力学の下にある。だが、それぞれに固有の重しがある。医療は医師の労働、介護は固定資産と人材、薬局は在庫と医院への依存。統制経済は、価格という調整弁を手放した代わりに、その痛みを、それぞれの分野に固有の形で、必ずどこかに負わせる。痛みの置き場所が違うだけで、痛みそのものは消えない――この一点において、三つの分野は、深く通じ合っている。

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