医療を統制経済として見るとき、医師の労働がその配給を支えてきたことを、これまで論じてきた。だが、その医療を最前線で支えるもう一つの担い手が、看護師である。看護という職業を眺めると、日本の医療が抱える、独特の階層構造が見えてくる。同じ現場で働きながら、出自も教育もばらばらの人々が併存している。それはなぜか。歴史と国際比較から読み解きたい。
■ 准看護師という、もう一つの入口
日本の看護職には、教育背景の大きく異なる入口が併存している。一方に、四年制大学を出た看護師がいる。他方に、中学卒業を要件として二年で取得できる、准看護師がいる。看護師は国家資格、准看護師は都道府県知事の免許である。教育の長さも深さも違うこの二者が、ほぼ同じ現場で働いている。
そして奇妙なことに、両者の法律上の違いは、自律的に判断できるか(看護師)、医師や看護師の指示を要するか(准看護師)という一点だけで、実際にやれる行為はほぼ同じである。教育水準の大きく異なる者が、ほぼ同じ仕事をする。准看護師制度は、戦後、急激な病院増設で看護師需要が高まる中、当時女子の高校進学率が低かったため、中卒を要件に、看護師を補う資格として作られた。質より、まず量を、安く、早く確保する。それが出発点だった。
■ 廃止できない理由――二つの職能団体の綱引き
准看護師の養成は、いま急速に細っている。養成所は二〇〇四年の三百十二校から、二十年で百八十校あまりへと、七割近く減った。にもかかわらず、制度そのものは廃止されない。背景に、二つの職能団体の対立がある。
日本看護協会は、制度創設時から一貫して、准看護師の廃止と看護師への一本化を求めてきた。医療が高度化する中、准看護師の教育では不足だ、看護の専門性と地位を高めたい、という論理である。対して日本医師会は、存続を支持する。表向きは地域医療に必要だという理由だが、その底には、准看護師は看護師とほぼ同じ業務ができるのに、より安く雇用できる、という開業医の経営上の利害がある。
ここに、統制経済の論理が重なる。医療が公定価格で人件費を抑えられる以上、安く雇える労働力への需要は消えない。准看護師制度が存続するのは、統制が生む人件費抑制の圧力が、安い担い手を温存させているからである。准看護師という最も立場の弱い当事者は、この綱引きの中で、自らの運命を自分で決められずにいる。
■ ナイチンゲール――地位は、与えられたのではなく、作られた
西洋では看護師の地位がもともと高かった、と思われがちだが、事実は逆である。ナイチンゲール以前のヨーロッパで、世俗の看護は、しばしば貧しく教育のない女性の仕事と見なされ、敬意を払われる職業ではなかった。
ナイチンゲールが画期的だったのは、その低かった看護を、自らの手で引き上げたことにある。彼女は上流階級に生まれ、高い教育を受け、若くから統計学に強い関心を持っていた。クリミア戦争の野戦病院で、彼女は、兵士の多くが戦傷そのものではなく、傷を負った後の不衛生で死んでいることを、統計データの分析で明らかにした。そして、専門家でない権力者にも分かるよう、死因を可視化する「鶏のとさかグラフ」を考案し、約八百ページの報告書で衛生改革を実現させた。彼女は女性で初めて、王立統計協会の会員に選ばれた。
彼女が有名になったのは、献身的に看護したからではない。看護を、徳や奉仕の世界から、データと科学に基づく専門職へと引き上げたからである。看護師の地位向上は、看護を学問にしたことの結果だった。
■ アメリカのNP――実利が地位を変える
その専門職化を、最も徹底させたのがアメリカである。ナース・プラクティショナー(NP)は、医師の指示なしに診断・処方を行い、州によっては独立して開業できる。医師不足を背景に、医師の半分以下の人件費でプライマリケアの相当部分を担い、軽症はNP、複雑な症例は医師、と振り分けることで、医療費を抑える方向に働く。
ここにあるのは、理念ではなく、実利の論理である。看護師の地位を上げようとしたのではなく、医師不足という現実を解決するために権限を委ね、結果として地位が上がった。ただし、それはナイチンゲール以来の専門職化、すなわち大学・大学院教育という土台があって初めて成立した。日本では、その土台と実利の両方が揃わず、加えて医師会が権限移譲に反対するため、看護師は医師の指示の下に置かれたまま、同じ階段を登れずにいる。
■ 一本に畳む
日本の看護が、出自も教育もばらばらの担い手を同じ現場に抱えるのは、専門職化を進める前に、まず量を安く確保することを優先した歴史に根がある。西洋の看護師の地位は、もともと高かったのではなく、ナイチンゲールが学問の力で意図的に引き上げ、アメリカが実利の論理でさらに押し上げた、作られたものである。日本がいま准看護師の廃止と大卒化を進めようとしているのは、西洋が一世紀以上前に始めた専門職化を、職能団体の綱引きと統制経済の人件費圧力の中で、なお追いかけている姿にほかならない。
