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2026.06.29

 

医療を統制経済として論じてきたが、その構造が最も長く、最も深く傷として刻まれた分野が、歯科である。歯科医院はコンビニより多いと言われ、しかも歯科医は報われないと言われる。過剰なのに、豊かにならない。この一見矛盾した状況は、どこから来たのか。歴史の弧をたどると、国が号令で供給を立ち上げながら、それを束ねて止める術を持たなかった、統制経済の宿痾が見えてくる。

■ 医学から分かれた出自

歯科は、はじめから医学の本流の外に置かれて始まった。十九世紀のアメリカで、医学部創設の際、歯学は「技術であって科学ではない」という論理で医学部に含まれず、別に専門学校が設けられた。この流れは日本にも及び、一九〇六年、医師法と歯科医師法の制定によって、医科と歯科は法的に完全に分離された。

その結果、養成のあり方も分かれた。医学が国立大学を頂点とする本流で育てられたのに対し、歯科は私立の専門学校という傍流から始まった。国は、歯科の養成を、自前で抱えるより私立に委ねた。この私立中心という体質が、戦前から戦後へ引き継がれ、後のすべての問題の根になる。

■ 号令で増やし、止められなかった

一九六〇年代、食生活の変化で「むし歯の洪水」が起こり、歯科医師不足が社会問題になった。一九七〇年、国は歯科医師数を大幅に増やす目標を掲げ、以後二十年足らずで、歯学部が一気に増設された。この増産で、国は既にあった私立中心の体質を利用した。私立なら、設立も運営も学生の高い学費で賄われ、国費がほとんどかからないからである。

ところが目標は、あっという間に超過した。そして過剰が見え始めると、国は一転して削減に動いたが、新設を止めることはできても、既存の私立歯学部の定員を減らすことはできなかった。定員は私立大学の経営の生命線であり、減らせば経営が傾く。国が増産のコストを私立に押し付けた、まさにそのことが、過剰を是正できない理由になった。安く増やした代償が、止められない過剰として返ってきたのである。

■ 薬価差益を持たぬ者の不利

歯科がなぜ報われないか。その核心は、医科との、ある決定的な違いにある。

医科の医療機関は、薬を出す。薬には公定価格があり、それより安く仕入れられるので、その差益が医療機関に残っていた。国が医療費を抑えたいとき、医科に対しては、薬価を引き下げ、その浮いた財源を医師の技術料の引き上げに振り替える、という手が使えた。総額を抑えつつ、医師の取り分は守る。医師は薬の差益を失う代わりに、技術への対価を得る。

ところが歯科は、薬をほとんど使わない。だから、振り替える原資となる薬価差益が、もともとない。国が歯科の医療費を抑えるとき、振り替える脂肪がないので、技術料という筋肉を直接削るしかなかった。ある抑制期の十数年で、医科の収入が四割近く増えた一方、歯科の収入は減った。この差は、技術や努力ではなく、薬価差益を持つか持たないかという、構造の差である。歯科医療費は医療費全体のごく一部にすぎず、交渉の場でも声が小さく、全体抑制の調整弁にされやすかった。

■ 自費への誘導と、逆ザヤの極北

低い保険点数を放置したまま、国は自費診療への道を用意した。混合診療が制度的に容認され、歯科医はインプラントや矯正やセラミックといった自費へ向かわざるを得なくなった。保険と自費の二重構造は、こうして国策として作られた。

そして、統制価格の歪みは、ついに原価を割るところまで来た。銀歯の材料は、貴金属の高騰で、仕入れ値より保険点数のほうが低い。治療すればするほど、材料費で損をする。統制価格が現実のコストから乖離した、最も極端な姿である。

■ 振り子は、救わない

長年「過剰」と言われた歯科医師数が、いま減少へ転じつつある。高齢化で、訪問歯科などの需要は増える。供給が減り需要が増えるなら、歯科医は楽になる――そう思いたくなる。だが、そう単純ではない。

第一に、数が減るのは需給の健全な調整ではなく、評判の悪化で志願者が減り、教育の質が落ちた結果である。数の不足と質の劣化が、同時に進む。第二に、総数が減っても、都市と地方の偏在は残る。第三に、これが最も重い。増える需要である訪問歯科や高齢者の治療は、まさに最も保険点数の低い、儲からない領域なのである。需要が増えても、その需要が薄利のままなら、経営は楽にならない。

歯科医を救うのは、数の調整ではない。長年低く抑えられてきた保険点数そのものの適正化である。そしてそれは、結局、統制者である国の判断に帰着する。

■ 一本に畳む

歯科は、医学から技術として分離された出自ゆえに私立中心で養成され、国が号令で増やしながら止められず過剰に陥り、薬価差益を持たぬゆえに技術料を直接削られ、自費へ誘導され、いまや材料が逆ザヤになるところまで絞られた。過剰なのに報われないという矛盾は、国が供給を立ち上げる力は持ちながら、それを束ね、適正な価格で支える術を持たなかった、統制経済のあらゆる弱点が、一身に集まった帰結である。歯科を知ることは、日本の公定価格医療の病理を、最も鮮明な形で知ることにほかならない。

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