連載・統制と市場のあいだ 第四回
「国」は、一枚岩ではない
「統制経済なら、国の方針一つでどうとでも調整できそうだ」――この素朴な期待に、これまで部分的に答えてきた。配給の痛みは置き場所を移せても消せない、と。今回は、もう一つ別の角度から答える。そもそも「国」は、単一の主体ではない、という角度である。
■ 三つの手が、同じレバーを逆へ引く
医療の配給と価格を握る「国」は、一枚岩ではない。少なくとも三つの主体が、異なる目的を持って、同じレバーを引き合っている。財政当局は、国費の抑制を目的とし、医療費の膨張を抑えたい。医療所管官庁は、提供体制の維持を目的とし、不採算部門や医療従事者の処遇を守りたい。金融当局は、物価の安定を目的とし、インフレを抑えたい。この三者は、目的が異なるため、しばしば反対方向にレバーを引く。「国はアクセルかブレーキか」が判然としないのは、国が迷っているからではなく、別の目的を持つ複数の主体が、同じレバーを逆向きに引いているからである。
この綱引きは、近年の診療報酬改定の決着に、はっきり現れた。改定率をめぐって、医療所管官庁は三%超を、財政当局は二%超を提示し、隔たりは最終的に首相の政治判断で裁定された。「国」の意思決定とは、この三者の力の合成だったのである。
■ 財には引き締め、人には引き上げ
決着した改定の内訳に、重要なねじれが刻まれている。本体の改定率は三%を超え、三十年ぶりの大幅な引き上げに見えた。だが内訳を開くと、その大半が、賃上げ対応と物価対応――つまり人件費と物価という、外から押し寄せるコストの補填に充てられていた。医療機関が自由に使える新たな余剰として上げたのではない。
ここに、統制されたサービス価格と、市場が決める入力コストの二重性が現れる。医療サービスの価格は国が統制するが、その原価である人件費や物価は、外の市場が決める。外の市場で人件費と物価が上がったから、統制された価格を、その分だけ上げ直した。改定は、アクセルというより、外部市場の上昇に追随した、遅れた帳尻合わせだったのである。
同じ時期、物価の番人である金融当局は、インフレを抑えるために金利を上げ、財に対してはブレーキを踏んでいた。ところが診療報酬は、人に対しては、賃上げ原資という形でアクセルを踏んでいる。一つの国が、財には引き締めを、人には引き上げを、同時に行う。これは矛盾ではない。物価上昇は抑えたいが、医療従事者の賃金を据え置けば人材が流出して医療が崩れるため、賃金は支えねばならない。財と人とで、国は逆を向いて判断しているのである。
■ 削る相手と、膨らむ原因のずれ
綱引きのもう一つの帰結が、削減の照準のずれである。財政当局は、報酬水準が高く見える対象――損益率が高く見える外来の開業医――に照準を合わせ、その加算を削ろうとする。
ところが、医療費を実際に膨らませている本体の片翼は、外来ではなく入院である。医療費の規模でも伸びでも、入院は外来と拮抗し、むしろ上回る。そして入院を担うのは、給与制で金銭の誘因が切れた勤務医であり、その病院の経営は、外来の診療所より明らかに厳しい。
つまり、削減の照準(外来の開業医)と、医療費増勢の主因(入院)、経営難の中心(病院)とが、それぞれ別の場所にある。財政当局が見やすく削りやすいのは外来の開業医だが、医療費を押し上げ、かつ経営が逼迫しているのは、入院・病院の側である。この三重のずれが、政策判断を一貫しないものにする。国は、病院を救うために全体を上げざるをえないが、財政上は外来を削りたい。同じ改定のなかで、片手で病院にアクセルを、もう片手で外来の加算にブレーキを踏む。
■ なぜ全体は、それでも上がったのか
財政当局は抑制を求めた。だが、それを押し返す力が二つあった。一つは、現場の窮状――病院の多くが赤字、医療機関の倒産が過去最多、インフレで実質収入が沈むという、提供体制の底割れの危機である。もう一つは、政府全体が掲げる「賃上げこそ成長戦略」という方針である。医療という公定価格の領域でも賃上げを実現しなければ、政府の賃上げ戦略に穴があく。医療従事者の賃金引き上げは、財政の論理を超えて、経済戦略の一部に組み込まれていた。
だからこそ、抑制圧力にもかかわらず、本体は大幅プラスまで上がった。だが、その大半が賃上げと物価補填にヒモづけられ、自由な余剰にはならなかった。綱引きの結果は、「全体は大きく上げるが、中身は外部コストの補填に縛り、政策的拡充は最小限にとどめ、財政上の削減も一部に忍ばせる」という、三者の要求を少しずつ容れた妥協であった。「国の方針」とは、単一の意思ではなく、この妥協の別名だったのである。
次回は連載の最終回として、この構造のなかに置かれた一人の開業医が、何をなしうるかを、これまでの議論からの帰結として論じる。
