――2026年の心不全診療を勉強会から考える
今回のテーマは、心不全の予後、早期診断、BNP/NT-proBNP、心エコー、薬物治療です。
心不全診療においては、単純に検査値を見て診断して薬を選ぶという話ではなく、「心臓がどのような状態にあり、その結果として患者に何が起きているのか」を考えなければなりません。心不全とは病名ではなく、病態名であり、症候名です。
心不全の予後は悪い
JROAD-HFレジストリでは、心不全で入院した患者は、退院後1年以内の再入院が約3割、心血管死も一定数に達し、4年以内の死亡率も高いことが示されています。
つまり心不全医療は、心不全をいかに悪化させないか、いかに早期発見して治療を行うかにかかっています。
BNP高値が心不全ではない。
日本心不全学会の2023年改訂版ステートメントでは、心不全の可能性を考えるBNPの値は35 pg/mLに引き下げられ、NT-proBNPでは125 pg/mLが対応する基準として示されています。さらにBNP 100 pg/mL以上、NT-proBNP 300 pg/mL以上では心不全の可能性が高くなり、BNP 200 pg/mL以上、NT-proBNP 900 pg/mL以上では高リスク心不全の可能性が高いとされています。しかしながら、実は、重要なのはBNPの数字だけで心不全を診断するわけではないということです。
BNP/NT-proBNPは、主として心室の壁応力、すなわち心筋にかかる伸展ストレスを反映する値であり、心房細動、腎機能低下、高齢などでも上昇します。一方で、肥満ではBNPが低く出ることがあり、BNPがそれほど高くないからといって心不全を完全に否定できない場合もあります。
したがって、外来でBNPを測定するときには、「BNPがいくつだから心不全」と考えるのではなく、「この患者のBNPは、この患者の背景の中でどういう意味を持つのか」と考える必要があります。
「靴ひもを結ぶと息苦しい」という質問
早期心不全を疑う所見に、Bendopnea(ベンドプネア)というものがあります。靴ひもを結ぶように前屈したとき、短時間で息苦しくなる症状です。前屈によって静脈還流が増加し、心臓の充満圧が急激に上昇することと関係しています。
心エコー検査におけるEFの意味
心エコーでは、必ずと言ってよいほどLVEFを見ます。例えば「EF 35%」なら左室収縮機能が低下していると考えますし、「EF 60%」なら収縮機能は保たれていると考えます。これはもちろん重要な情報です。
しかし、EFは「心臓が1分間にどれだけ血液を送り出しているか」を表す指標ではなく、1回の収縮で左室に入っていた血液の何%を外へ出したかを表す数字です。例えば、左室に100 mLの血液が入っていて、そのうち60 mLを駆出すればEFは60%です。ところが、左室に50 mLしか入っておらず、そのうち30 mLを駆出してもEFは60%になります。
同じ60%のEFにかかわらず、後者の場合、1回に送り出している血液量は前者の半分です。そして、心拍出量は、心拍出量=心拍数×1回拍出量なので、前者の場合に、例えば心拍数70回/分、1回拍出量60 mLなら、心拍出量は約3.6 L/分になります。後者の場合では、心拍数70回/分で1回拍出量が30 mLなら、約2.1 L/分です。EFが同じでも、心拍出量は違います。逆に、「EFが正常だから、心臓から十分な血液が出ている」とは言えません。
これはHFpEFを理解する上で非常に重要な点です。
HFpEFでは何が起きているのでしょうか
例えば高血圧が長く続き、左室が肥厚して硬くなった高齢者では、収縮そのものは保たれています。だからEFは60%程度あります。しかし、拡張して血液を受け入れる能力が低下しているため、安静時に心拍出量が保たれていても、運動すると心拍数や1回拍出量を十分に増やせません。さらに左室の充満圧が上昇し、それが左房、肺静脈へ伝わります。その結果、運動→左室充満圧上昇→肺うっ血→息切れという現象が起こります。
2025年には、ESCのHeart Failure Association、米国HFSA、日本心不全学会の共同コンセンサスが、LVEFの使い方そのものを再検討しました。そこでは、LVEFには測定誤差もあり、45%を超えると単純なEFの数値と心機能の重症度や予後との関係が弱くなることが指摘されています。そして、一回測定したEFの値だけではなく、時間経過の中でEFがどう変化してきたかを見るべきだという考え方が示されました。
これは非常に納得できる考え方です。例えば、EFが35%、45%、55%と改善してきた患者と、最初からずっと55%の患者では、同じ「EF 55%」でも意味が違います。前者は治療によって改善した心不全患者である可能性がありますし、後者はそもそも異なる病態かもしれません。
同じ数字でも、そこに至る経過が違います。だからこそ、EFを「一つの数字」として見るだけではなく、「時間軸の中で見る」必要があります。
2026年ESCガイドラインではHFmrEFがなくなりました
そして、今回の勉強会で紹介された2026年ESCガイドラインの変更は、まさにこの考え方とつながっています。
従来は、HFrEFをLVEF 40%以下、HFmrEFを41~49%、HFpEFを50%以上として、3つに分類していました。
ところが2026年ESCガイドラインでは、HFmrEFという分類がなくなりました。新しい分類では、HFrEFはLVEF<50%、HFpEFはLVEF≧50%という2つに整理されています。
これは単に「41%と50%の間をどう呼ぶか」という名称変更ではありません。背景には、そもそもLVEF 49%と50%の間に、生物学的な壁があるわけではないという問題意識があります。
EFは連続的な変数なのですから、41%、49%、50%、51%という数字だけで患者を別々の病気の箱に入れることには限界があります。
心不全治療も「EFの数字だけ」では決まりません
薬物治療についても、考え方が変わってきています。
2026年ESCガイドラインでは、症候性心不全では、LVEFにかかわらずSGLT2阻害薬とMRAが基本治療として位置づけられています。一方、β遮断薬はHFrEFで明確な予後改善効果を持つ薬として位置づけられています。
β遮断薬は、HFrEFにおいては過剰な交感神経活性を抑えることによって予後を改善します。しかし、すべての「心不全らしき患者」に使うわけではありません。徐脈傾向があり、運動時にも心拍数が十分に上がらない患者では、β遮断薬によってさらに心拍数を抑えることで臨床上問題になる可能性があります。したがって、「心不全だからβ遮断薬」ではなく、「この患者ではβ遮断薬によって何を治療しようとしているのか」と考える必要があります。「心不全ならβ遮断薬」と単純化しないことです。
MRAについては、さらに興味深いところがあります
MRAは従来、HFrEFの代表的な予後改善薬というイメージが強い薬でした。しかし現在のESCガイドラインでは、症候性心不全であればLVEFにかかわらずMRAを基本治療の一つとして位置づけています。これは、EFによって薬を完全に分けるという発想から、「心不全という病態そのものに対して、どの治療が有効なのか」という方向へ進んでいることを示しています。ただし、実際の処方では腎機能や血清K値などを確認する必要があります。
これからの心不全診療は「数字の診療」から「病態の診療」
心不全診療には、BNP、NT-proBNP、EF、心拍出量、心エコー、胸部X線、体重、浮腫、血圧、心拍数、腎機能、K値など、たくさんの数字や検査が出てきます。しかし、それぞれは心不全そのものではありません。
BNPは心筋の壁応力を反映します。EFは1回拍出量を拡張末期容量で割った割合です。心拍出量は1回拍出量と心拍数から決まります。心エコーは左室だけでなく、左房、右心系、弁、拡張機能などを含めて見る必要があります。
そして、患者が実際に苦しんでいるのは「EFが50%だから」ではなく、肺に血液がうっ滞しているから息苦しい、あるいは運動時に心拍出量を十分増やせないから息苦しいという、具体的な生理現象です。
診療所では何を見るべきか
この話を診療所の外来に落とし込むと、まず「この患者は本当に心不全なのか?」と考えることから始まります。
次に、「うっ血しているのか?」を見ます。息切れ、起坐呼吸、下腿浮腫、体重増加、頸静脈怒張、肺うっ血、そしてBendopneaなどです。
そしてBNP/NT-proBNPを見ます。ただし、患者固有の背景を考えて読みます。高齢者、心房細動、腎機能低下では高くなりやすく、肥満では低く出る可能性があります。
そのうえで心エコーを見ます。ここで、「EFはいくつか?」だけでは終わりません。左室容量、左室肥大、左房拡大、拡張機能、E/e’、弁膜症、右心機能、肺高血圧を示唆する所見などを見ます。
そして、**「この患者は、圧の問題なのか、流量の問題なのか、それとも両方なのか」**を考えます。
「BNP 200、EF 60%」という患者をどう考えるか
例えば外来で、BNP 200 pg/mL、EF 60%という患者が来たとします。
「EFは正常だから心不全ではない」としてしまうのは危険です。一方で、「BNP 200だから心不全」と決めつけるのも適切ではありません。
心房細動があるかもしれません。腎機能が低下しているかもしれません。高齢者かもしれません。肥満かもしれません。
そこで、症状、身体所見、BNP、胸部X線、心電図、心エコーを組み合わせます。
もし、左室肥大、左房拡大、拡張障害、E/e’上昇、労作時息切れ、うっ血所見などが揃えば、「EFは保たれているが、心不全という病態が存在する」というHFpEFを考えることになります。
これこそ、「EF正常=心臓正常」という考え方から一歩進んだ診療だと思います。
心不全は「あるか、ないか」から始めます
今回の勉強会の内容を、私なりに一言でまとめるなら、まず心不全という病態があるのかを考え、その次に、どのような心不全なのかを考える。そしてEFは、その病態を理解するための重要な情報ではあるが、心不全そのものではないということになります。
2025年のESC/HFSA/JHFS共同コンセンサスも、心不全の評価では症状、身体所見、バイオマーカーを組み合わせ、LVEFについては単一時点の値だけではなく、時間経過による変化を見ることを推奨しています。
そして2026年ESCガイドラインでは、さらにその考え方を治療体系にも反映させ、HFmrEFという中間カテゴリーをなくし、予防から早期診断、治療までをstage-basedに考える方向へ進みました。
地域医療にとって心不全とは何でしょうか
今回の勉強会では、最後に地域医療の話がありました。これも重要です。
心不全患者を大学病院だけで抱え続けることはできません。急性増悪した患者は地域中核病院で治療し、高度な検査や特殊な治療は大学病院が担い、状態が安定したら患者は再び地域の診療所へ戻ってきます。
診療所では、**「次に悪くなる兆候を早く見つける」**ことが重要になります。
BNP/NT-proBNPを測定することもその一つです。しかし、それだけではありません。体重が増えていないか、足がむくんでいないか、息切れが増えていないか、横になると苦しくないか。そして、「靴ひもを結ぶときに息苦しくありませんか?」と聞いてみる。
そうした小さな変化を拾い、必要なら早めに心エコーを行い、専門病院につなぐ。これからの心不全診療では、こうした地域の診療所の役割がますます重要になるのだろうと思います。
おわりに
心不全について勉強すると、最初はBNPやEFなど、分かりやすい数字に目が行きまが、数字だけでは患者の状態を説明できません。
BNPは心不全そのものではありません。EFも心拍出量ではありません。EFが正常でも心不全はあります。EFが低いことだけで、患者のすべてが分かるわけでもありません。
そして、薬も「心不全だからこの薬」と機械的に決めるのではなく、**「この患者のどの病態を治療するために、この薬を使うのか」**と考える必要があります。
心不全が難しいのは、検査が難しいからではありません。一つの数字を患者そのものと取り違えないこと。そこが、これからの心不全診療でますます重要になるのではないでしょうか。
